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管理人近況と梶原一騎(高森朝雄)先生の原作漫画の全作読破への活動の備忘録ブログ

僕たちの、あしたのジョーの時代・備忘録 その6

1980年3月8日(土)。
 幾度かの公開日変更の末、ついに劇場版『あしたのジョー』がロードショー公開されました。それから数週間の、東京での集客データは前回で取り上げた。では観客の反応はどうだったか?
 まず自分自身の記憶を辿ると…“感動した!”とか“面白かったぁ”といった感想は抱かなかったように思う。この時(中学二年生)単行本全巻所持し熟読している自分にとって、ストーリーの展開は充分に分かっていたから。だから2時間半の間、本編に何のエピソードが使われ、何のエピソードがカットされたかを擦り合わせながら観ていたんだと思う。唯一覚えているのは大好きなウルフ戦があっさり終わったのが不満だったこと。無論全てのエピソードを入れるのは不可能なことは分かっているが、それでも“物足りなさ”を感じてしまった映画だった。
 では、ジョーファンはどうだったか?
 その資料として当時のあるFCの会報を見る機会があり、その作品の感想投稿に目を通してみると概ね自分と同じような“総集編的な”ダイジェスト版な内容に不満を感じる声が多かったようだ。他には声優のキャスティング…とりわけマンモス西の声をあてた岸辺シローへの厳しい意見もあがっていた。当時のアニメ界の様子が伺えて面白かったのは、作品のヒットで続編が作られたら嬉しいが“宇宙戦艦ヤマト”みたいになるのは嫌だというものw。映画公開によって好きな作品が注目されることのファン側の嬉しさと、そこから変にメジャーなものになってしまう可能性への危惧が読み取れました。
 最後に業界紙での評価はどうだったか?
 前回の資料探索の流れで見つけた『キネマ旬報』の読者投稿が、自分と上記FCも含めた気持ちを上手く表現しているので紹介したい。投稿者は20代半ば、マガジン連載時に中学〜高校時代を過ごしたと思われる。

 “(前略)アニメブームを反映して集まった子供はともかく、僕らの世代の観客に共通して流れる気分は、明らかにノスタルジーの一種である。(略)これはこれなりに見事な「あしたのジョー・ショー」だった。(略)力石とジョーの関係を一本の太い線に、名場面を配したシンプルな構成は、その分ディテールに説明不足の箇所が出てくるものの、原作のイメージを損わず、変な演出家意識を出さなかったのが何よりもいい。いや、映画は実際、何も語ろうとはしていないのだ。(略)エピソードの断片が、そのまま僕ら自身の記憶の断片になりえるほどの原作の興奮に裏打ちされて、映画は、画面ではなく、その向うに見える時代の感覚を、呼び起こそうとしていただけなのかもしれない。言い換えれば、風景を見る感覚に、よく似ている。(後略)”
 
 予備知識ゼロの状態で初めて「あしたのジョー」に触れた、という観客ももちろんいただろう。しかしその主たる観客にとっては、この劇場版に対する想いというか感覚は上記に近かったのではないだろうか?通常の映画を“観に行く”という行為とは少し異なった“確認しに行く”ようなものだったのかもしれない。 
(その7へ続く)

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