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おれと一騎!

管理人近況と梶原一騎(高森朝雄)先生の原作漫画の全作読破への活動の備忘録ブログ

ハリス無段・その2 「続・読破にこだわるとは何か?」

 コミックスと未収録エピソードを読んでも“読破”に至らない事実に気付いたのは、落ちカット探し<をしていた時でした。“落ちカット”を知らない方に説明すると、漫画がコミックスになる際に(雑誌連載時の扉絵を含め)何らかの事情(話のつながり等)で収録されないコマや頁のこと。マニアやコレクターは、作品にのめり込むと必ずといってコレに手を出して深みにハマる(笑)。同様に私も所有していたマガジン連載分の切り抜きをコミックスとつけ合わせていると、収録済で同じ絵の頁でも何かが違う…そうだ、台詞だ!キャラクター達が物語の中で喋っている台詞がコミックスと雑誌ではほとんど違っているのだ。1例として(下記比較画像も載せるが)風巻竜が柔術新撰組に後楽園球場へ呼び出されての場面。相対する両者緊張の場面での最後の台詞。
 雑誌連載版→『おのれ柔術新撰組め! 自殺ぜめでぼくをころすつもりだろうが そうはいかん! ぼくたちをすくってくれた小百合ちゃんをたすけるためだ 命をかけてたたかうぞ』
コミックス版→「ない…あそこで決闘したら 自殺ぜめから身をかくすなにものもない だがいかねばならん」
 どうした理由でココまで台詞をいじったのか?原作の改変を許さない(という噂の)梶原先生存命の時期でのこの事態に首を傾げるが真相は今も薮の中だ。ともかく『ハリス無段』という作品は、極論を言うと雑誌連載とコミックスでは別物ということだ。2006年にマンガショップから未収録+エピソード整頓された完全版が刊行された時は一縷の期待が寄せられたが、サンデーコミックスを定本にしているため上記等の部分はそのままだった。もはや本作を読破するには、週刊少年マガジンを全部読むしかない、と。
この時、偶然にもそれを所有していた友人がそれを知り、協力を申し出てくれたおかげでよぉぉぉぉぉぉぉやく『ハリス無段』という作品を読破達成したのでした。やれやれ

(次回、 朝日&太陽&夕日の恋人「思い出の復刻騒動」に続く)

マガジン版
↑こちらマガジン版

コミックス版
↑こちらがコミックス版



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ホームページ開設・その3

 今回は少し脇に逸らさせていただき、ホームページ開設後の余話をアレコレと。
読破活動にインターネットを加えたことで、様々な交流が広がった話は前回しました。実はコレ以外にもホームページ効果による出来事が私の身に起こったのです。
 最初にあったのは“雑誌にホームページを紹介したいのですが”という申し込み。当時は様々な形態のパソコン専門誌が百花繚乱のごとく刊行されており、様々な切り口で個人のホームページを紹介する企画がありました。私の場合ですと漫画ネタですね。メールでの依頼にOKの返事をするだけなので、どういう風に載るのかは当日まで分かりません。発売日は書店にダッシュ!して購入。わずか1頁程度ですが凄く嬉しかったですねぇ。変わった所では“懐かし漫画のクイズ企画があるので、梶原作品で問題を作ってくれませんか?”とか“アニメ「巨人の星」で飛雄馬と一徹が剣豪の格好をして戦ったのはエピソードがあるって本当ですか?”というのも。他にも“WEBマガジンで連載しませんか?”という依頼を受けて、梶原一騎作品ネタを書いたこともあります(※5本掲載した所で残念ながら配信終了に)。それと、これは随分後の話ですが某CS番組に梶原一騎ファンとして出演依頼もありました(こちらは撮影まで済ませた後、時間の関係で全カットに(涙))。“一騎に読め!”というホームページは、交流関係の広がりだけでなく、それまでの生活では味わえなかった経験をさせてくれたことにもなるのです。
 その他、“一騎に読め!”開設以降はいろいろな出来事が起こる訳ですが、それらは次回の新章より各作品毎の思い出話と共に少しずつ紹介していきたいと思います。お楽しみに!
(次回 新章突入!“読破の章”「おれとカネやん」に続く)


テレビブロス
↑TV Brosの紹介記事。

リクルート
↑『月刊サイトでーた』の紹介記事。

web1 グランプリ
↑「マックファンインターネット」の“W-1グランプリ”にエントリー。

連載記事
↑梶原一騎ヒストリー2回、「巨人の星」「新巨人の星」「侍ジャイアンツ」を取り上げました。
次回予告に「タイガーマスク」をあげながらも連載終了。



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ホームページ開設・その2

 ホームページ開設からの3ヶ月間は誰にも教えず、自身で決めたルール“最低月に一度は更新すること”を守るべく密かに活動を行ってました。基本は所有する梶原作品を読み返しては、あらすじや感想等をテキスト入力し連載期間や単行本の巻数等のデータを加えて、スキャンした単行本のカバー画像と一緒にアップロードする作業です。トップページにはカウンターも設置していましたが検索エンジンにも登録しなかったので、この頃のアクセス数(累計で60くらい)は自身のものがほとんどでした。その後“一騎に読む蔵”は、3ヶ月間の様子見を経た後に現在の“一騎に読め!”とサイト名を変更。更に3ヶ月後の12月1日から数カ所の検索エンジン登録を済ませ、恐る恐るネット界にサイトに自分のホームページの存在を記し始めたのです。
 年末〜翌年(1999年)。検索エンジンの効果はアクセス数に出始めただけでなく、“リンクを張ってもいいですか?”“相互リンク張りませんか?”といったメールも頂くようになりました。それらは梶原一騎氏の各作品(あしたのジョー、巨人の星、タイガーマスク等)のファンサイトや古書店サイトの管理人の方々で、その交流から私もリンクページ“リンクを張れ!”(※現在はナシ)、掲示板“一騎に書け!”を追加作成。ネットを通じた交流は徐々に広がり、個人活動時代では知ることの出来なかったであろう様々な情報が入手できました。
 その意味でも梶原一騎作品読破の道に、“一騎に読め!”というホームページを開設したことが大きな飛躍となったのは事実です。
(次回 ホームページ開設・その3に続く)


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ホームページ開設・その1

 パソコンに興味を示すキッカケは人それぞれでしょうが、私の場合は“インターネット”でした。そもそもパソコンに関する基礎知識が大きく欠落(つまりはメカ音痴)していた私の「パソコンで何ができるか?」という疑問に、知人はこう答えたのです。「パソコンがあればインターネットが楽しめる。ネット通じてあらゆる情報が入手できる!」と。それが本当なら、当然梶原一騎の情報(作品データ等)も容易に入手が可能になる…。
 ものは試しと、とりあえず会社近くのネットカフェに行き、ネットサーフィン(この言葉も懐かしいですね)を初体験しました。店員の説明を聞き、検索ワード・梶原一騎を入力するとズラっと並ぶウェブサイトの数々。そこからリンクしてアクセスを重ねていった訳です…が!その全部が古書店サイトの販売ページでした。アレコレ方法を変えてみたのですが、私の求めている“梶原一騎に関する情報を網羅したサイト”は存在しなかったのです。手塚治虫や藤子不二雄系はいくつあったにも関わらず…。何でも入手できるはずの魔法の箱・パソコンでも叶わない事実に落胆する一方で、“無いなら自分で作ればいいじゃん”という気持ちもわき上がり、購入の決意に至った訳です。
 必要なハードとソフトを揃え、プロバイダ契約、ネット接続手配、HTMLの勉強、画像やテキストの素材準備を経て、自身初のホームページがついに開設しました。サイト名はかなり悩んだ覚えがあります。実は当初から“一騎に読め!”が浮かんでいましたが、この命令口調にネット上の梶原ファンから「にわかファンが何を傲慢な!ごるぅあ!と怒られたらやだなぁ…と弱気になり、ちょっと謙虚な姿勢を示そうと“一騎に読む蔵”に決めました!
1998年6月1日
のことです。
(次回 ホームページ開設・その2に続く)

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